台風と台風の狭間……谷川岳 [奥利根/北関東]
台風接近中 [奥利根/北関東]
☆今度の休日は……
台風を気にしながら少しでも晴れ間のある山、しかも日帰り出来る所を探す。
北ア、八ヶ岳、奥秩父……少し東に寄った方が多少なりとも良いようだ。
谷川岳は13時ごろまでか……至仏山……おっ、15時くらいまで持ちそうだ……ヨシッ。
☆車中泊
仕事終わって一風呂浴びて22時すぎ、道具を……と言っても日帰りなのでたいした物はないが……積み込んだら関越へ。
25時少し前、赤城高原SA……雨は落ちていないが星は見えない。
相棒 「雨なら登らないよ」
私 「……」
☆当日
翌朝5時50分
車も地面もしっとり濡れて……
相棒 「雨だね」となぜか嬉しそう……「このまま帰って美味しいもの食べに行こう」
私 「いやいや、鳩待峠までは行ってみよう」
……
峠の駐車場……料金2500円……払ってしまえばこのまま帰るわけにもいかず……幸い雨粒は微妙なバランスを保って空中にとどまっている様で、この後青空が拝めるとはとても思えないが、とりあえず歩き出す。
登山道にかぶさっている笹や草や小枝はたっぷり水滴を含み、それをかき分ける膝より下はびしょびしょに濡れる。
1時間ほど登るとついに空気中に含みきれなくなった雨粒がパラパラと……新調した合羽を着てごらん、と言わんばかりの雨……やれやれ上着だけでも着るか。
☆ところが
小至仏の手前から急に空が明るくなって、地面に影がくっきりと……小至仏を過ぎて振り返れば頭上に青空が……やや、ややややや、天気予報は当たるもんだぜ……これなら至仏山の頂上から尾瀬ヶ原が、燧ヶ岳が、谷川岳が、上州武尊が、望めるかもしれない。
ところが、空の明るさとは裏腹に右足のアキレスケン辺りが……筋肉かもしれないが……違和感が……だましだまし行くしかないかとトボトボ歩く。
☆憩いの場所
雨はすっかり上がったけれど、期待した尾瀬ヶ原を望むことはできず……おむすびを食べて紅茶を飲もうと準備を始めると、隣に陣取ったソロのオジサンがザックからやおら肉のパックを取り出して焼き始めた。
「おおッ、焼き肉だ」と思わず声に……隣の女の子も興味津々。
「食べる?」と女の子に差し出すオジサン……やっぱ若い女の子にはあげるよなぁ……などと思っていると「おひとつどうぞ」と爺さん達にもおすそ分け……「美味い!」……「冷凍庫で凍らせて来ればいいんだ」……お返しにブドウをチョットあげて……話が弾む……小一時間も話し込んだ後に、そろそろ下りましょうと腰をあげる。
小至仏を下ってオヤマ沢田代まで来ると再び雨が……今度は本降り、再び新品のカッパを出して……鳩待峠まで「あと1時間……あと30分」時計を見る回数増える……少し足を引きずり気味に駐車場着……ヤレヤレ……着替え済まして雨の関越ひた走り……とはいかず、東松山で事故……しょうがない……台風接近中なのに至仏山に登れただけでも良しとしよう。
それより問題は右の足……早く足治さねば、9月がせまっているのだから。
2015年8月 至仏山
試運転 [奥利根/北関東]
「始めは無理しないで、まあ高尾山辺りにしておきなさい」
……
「た」で始まる山なら地元の丹沢にしようか。
しかしこの暑さ……バカ尾根を登るにしても、表尾根を登るにして快適とはいかないだろう。
それならいっそのこと同じ「た」で始まるあの山へ。
昔、あれは4年生になったばかりの4月、IT君と谷川岳に行こうと上野駅で待ち合わせた。
ところが約束の時間が過ぎても彼は現れない。
いよいよ発車時刻が迫って来たとき、ザックを背負ってホームを走ってくる奴が……
…………
アパートを出ようとすると、田舎から急に親父が来て……
「山か、何処に行く」
「タァ~ンザワ」
「今頃の丹沢はピッケルが要るのか」
「念のために」
「…………気をつけて行って来い、今夜はここに泊まって明日帰る」
谷川岳と言いそうになって、心配かけるといけないから丹沢と言ったんだが……東京の桜も散る頃に、ピッケル持って出かける先は丹沢であろうはずがない。
「気をつけろ」の言葉に息子を思う気持ちが……。
息子も心配をかけまいと、とっさに「丹沢」と嘘を……。
そう云う訳で出るのが遅くなったらしい。
当時、一般の人には悪いイメージが定着していた谷川岳だった。
…………
ちなみに私は「スキーに……」と言ってたっけ。
今日は友達を誘って3人で……足の様子を見ながらゆっくり天神尾根を登った。
濃いガスに包まれ視界のない沖の耳でおにぎりを頬張ったのち、展望を諦めて帰りだすと、やおら霧が流れてオジカザワノ頭へ続く緑の稜線が顔を出した。
万太郎谷から吹き上がる風に笹がなびいて、葉に反射する光が波となって尾根へ駆け上がる。
しばらくそこに立ったまま、頬をなでる心地良い風を楽しんだ。
もうすぐ秋だなぁ。
…………
足は全く大丈夫だったのだが……今度はカメラ(実はレンズだった)が壊れてしまった。
翌日サービスステーションに持っていくと、入院治療代3万円也……トホホ。
2013年8月 谷川岳
谷川岳―下る [奥利根/北関東]
急いで下ります。
雨が降りそうでも風が出てきたわけでは無いのですが、19時までに帰宅しなければならない事情が……。
肩の小屋にも寄らず、脇目も振らず、ひたすら下ります。
このスピードで最後まで膝が持つか……。
で、その事情とは20時までに孫の所に行くのです。
ほのぼの、ですね。
でも残念ながら、私たちにはのんびり語らっている時間はないのです。
非難小屋を過ぎ、最後の短い登りにかかったところで左足に異常が……。
つり気味の足を引きずりながらロープウェイ乗り場に、ヤレヤレ。
車に乗り込み、いざ出発っという時に助手席で
「あれっ!孫は明日だった。」
「んっ!……………………。」
谷川岳―頂上付近より [奥利根/北関東]
西へ、オジカ沢ノ頭に向かって緩やかに伸びる弓形の主稜線。
派生する爼嵓山稜は今日は雲の中。
万太郎谷側は笹の絨毯に紅葉の赤が映える。
北へ、一ノ倉岳と茂倉岳。
何度かあれを越えて土樽に下ったけ。
4月に霧に巻かれてルートを見失った事があったっけ。
耳二つ。
昨年来た時は、マチガ沢攀じ登ってた人がいたなあ。
いまさらあんな事出来ないだろうなあ。
出来たらいいなあ。
谷川岳―耳 [奥利根/北関東]
割合に人の多い日だった。
トマノ耳もオキノ耳も混雑していた。
平日なのに、短い紅葉の時期を逃すまいと皆が思っているようだ。
私は立ち止まらず先へ進んだ、お弁当を広げる場所を探しながら。
これは……。
沖の耳と奥の院との間にある岩の出っ張りに陣取って昼飯の用意をしているときに目にとまった。
シャクナゲといえば春から初夏の花だと思っていたら、これから雪が来るという季節になって咲いているとは。
そういえば、頂上付近にシャツ一枚でいられるのだから、やっぱり昔と比べると暖かいのだろう。
シャクナゲだって狂い咲きもしたくなるのかもしれない。
それとも今頃に咲く種類なのだろうか、つぼみもあったし。
谷川岳―尾根の赤 [奥利根/北関東]
殊の外寒い日だった。
両手をポケットに突っ込んで土合駅から国道を歩き出した。
その寒さはけして嫌なものではなく、階段を五百段登り汗ばんだ体に心地よかった。
あたりはまだ薄暗く、かといってライトを点けるほどでもでもなかった。
私たちの前をヘルメットをザックに乗せた男たちが歩いていた。
誰も声を発せず、ただ黙々と歩いていた。
巌剛新道を登ると、時々ガスがマチガ沢を這い上がり視界を隠した。
西黒尾根に出る頃にはすでにあたりは明るく、東尾根のギザギザが迫力を増した。
その時、ガスが上がって来て赤く色づいた木々を撫でて通り過ぎた。
木の枝や葉に付いた水分は、冷気に触れて凍り、赤が白に変わった。
そして今度は日光がそれを融かし、また赤の世界を甦らせた。
………………
あれからこの時期に谷川岳に通うようになったのだが、再度この光景を目にする事は出来ない。
何十年も前の十月十日のことだったと思うが、夢を見たのかもしれない。
谷川岳―天神尾根 [奥利根/北関東]
ロープウェイに乗った。
乗り込んだゴンドラに山姿は私達だけで、他はみな観光客だった。
「全然紅葉していない」、「苗場の方が良かった」と彼らは口々に言う。
知らないんだろうか、ゴンドラを降りてから二十分も歩けば、絶景に会えるということを。
たとえ、そこが紅葉していてもいなくても。
谷川岳肩の小屋―二人 [奥利根/北関東]
小屋の入り口から見る俎嵒山稜はスッキリして形が良い。
学生最後の春四月、OT君と連れ立って冬季小屋に入った。
曇り空の下、西黒尾根の取り付きからアイゼンを付け、あまり道草を食わずに歩いた。
小屋に荷物を置き、予定どうりに俎嵒山稜に向かったのだが、川棚ノ頭に着いた時には雨交じりの風が強くなってしまい、ゆっくりも出来ず早々に引き返した。
帰路、ますます強くなる風に追いたてられて急ぎ足で歩けば、コルからの登りは息も絶え絶えになった。
二人の間にあるラジウスは大きな音と青白い炎を上げ我々を暖めようとしていたが、所詮無駄なことで隙間風が入る小屋は相変わらず寒かった。
シュラフの中からOT君に、六月に穂高岳へと誘いかけると、無口な彼も話に熱を帯び、二人は山にいる喜びを十分感じていた。
翌日茂倉岳から土樽へと下ったのだが、途中一ノ倉岳で霧にトレースを隠され往生した。
学生時代幾度となく通った谷川岳は、霧、雨、風と一度も微笑んでくれなかったが、この年10月に訪れた時にはやっと青空で迎えてくれ、雪が来る前の赤を存分に見せてくれた。
卒業するとすっかり山から遠ざかり仲間達とも会う機会も少なくなった。
そして近年、山歩きを再開した私にとって、谷川岳はあの時と同じく「近くて良き山」であり続けている。
谷川岳肩の小屋―四人 [奥利根/北関東]
今は建て替えられてきれいになったが、あの時は…………冬季小屋の床は鉄だった。
五月の連休が終わり賑わいが去った後、IT君、KH君、OT君と四人で巌剛新道から登り、冬季小屋の扉を開けた。
空は曇っていたが今日中に小屋に着けばよいので、マチガ沢出会い付近の西黒尾根側斜面でIT君指導の下、簡単な雪上訓練をやったり、尾根に出たところでは紅茶を沸かしてずいぶんゆっくりした。
夕食のあと、例によってIT君が人生を語りだしたので、私はシュラフにもぐりこんで目を閉じた。
しばらくして寒さに起こされた。
薄いシートと半身のエアマット、安物シュラフの組み合わせでは、体温を鉄の床に吸い取られのを防ぐことは出来ないようだ。
熱い紅茶を甘くして体を温め、空にしたザックに足を突っ込み仕方なくIT君の話に相づちを打った。
眠れなかった朝をKH、OT両君の大いびきで迎えた。どうやら後輩の彼らは遅くまで話に付き合ったらしい。
外に出ると雨が落ちていた。タバコに火をつけると「天神尾根を下りるか」とIT君の声がした。
雨の中を歩くのも億劫で私も同じ考えだった。
もう一眠りとシュラフに潜り込んだが、冷え切ったシュラフは眠りを誘うことは無かった。